近接して営巣する海鳥の干渉によるケイマフリの繁殖阻害

Bird Research 19: A1-A9

矢萩樹・猿舘聡太郎・松井晋

 北海道積丹半島の窓岩におけるケイマフリ,ウミウ,オオセグロカモメの3種の海鳥類の繁殖状況を2019年から2021年に調査した.ケイマフリは,繁殖期に窓岩および周辺海域に生息する各年の最大個体数は36-38個体でほぼ一定であったが,親鳥が餌を海崖の隙間に運び込む行動が観察された営巣場所の数は2019年と2020年の6か所から2021年は2か所に減少した.成鳥が餌をくわえずに出入りした場所の記録も含めると3年間でケイマフリが繁殖した可能性のある海崖の隙間は合計15か所あった.ケイマフリの営巣域とウミウの営巣域が重複した2021年繁殖期には,これらの場所のうち他種の海鳥類の巣が1m範囲内に存在する場所では全く営巣していなかった.本研究により海崖の隙間で営巣するケイマフリは,同所的に岩棚に巣材を集めて営巣する他種の海鳥類(主にウミウ)によって営巣可能な岩間隙が塞がれたり,営巣場所へのアプローチが干渉されたりすることで繁殖阻害が起こることが示唆された.

キーワード:ウミウ,海鳥,営巣場所,ケイマフリ,種間関係,干渉




ジョウビタキとシジュウカラの営巣場所における巣からの視界の違い

Bird Research 19: A11-A20

山路公紀・石井華香

 冬鳥であるジョウビタキ Phoenicurus auroreusが日本で繁殖域を拡大している.ジョウビタキの営巣特性を明らかにするため,ジョウビタキとシジュウカラ Parus minorが営巣した郵便受けおよび巣箱を「ジョウビタキのみが利用」「両種が利用」「シジュウカラのみが利用」の3グループに分け,巣からの視界と営巣場所の構造的要素に着目して比較・分析した.その結果、ジョウビタキのみが利用した営巣場所の巣からの立体角が,両種が利用した営巣場所の巣からよりも有意に大きかった.ジョウビタキは,シジュウカラに比較して巣から外を見る視界が広い構造を利用していた.この視界が狭くなる範囲ではシジュウカラも利用するため,競合が起きていた.さらに視界が狭い構造をシジュウカラのみが利用していた.すなわち,両種は巣から外を見る視界の広さにより営巣場所に差があった.また,ジョウビタキが営巣するかしないかを決める要素として穴径も重要な要素だった.

キーワード:営巣場所,競合,視界,シジュウカラ,ジョウビタキ




鳥類繁殖分布調査の第2回(1997-2002)と第3回(2016-2020)の間に見られるスズメの減少

Bird Research 19: A21-A30

三上 修

 第2回(1997-2002)と第3回(2016-2020)の全国鳥類繁殖分布調査の記録をもちいて,スズメがどういう環境でどれくらい減少しているかを推定した.本種の個体数の減少幅が大きい調査地点は,農地面積が広く気温が高い傾向があった.しかし,その減少は,土地利用の時間的変化では説明できなかった.そのため,これらの調査地点で本種の個体数の減少が大きい理由として次の3つが考えられる.1.本種の生息適地であるためもともとの個体数が多く,同じ割合で減少していても減少数が大きい,2.土地利用の変化を伴わない形で本種の餌生物が減少している.3.建物の建て替わりによって隙間のある建物が減少するなどによって本種の営巣場所が減少している.スズメの生息環境を考慮して,日本全体でどれくらい減少しているかを推定した結果,第2回と第3回の間の18年間でスズメの個体数は62.1%に減少していると推測された.これは,スズメが約26年で半減することを意味する.

キーワード:普通種の減少,生物多様性




深層学習をもちいた鳴き声による鳥類の種判別システムの開発と今後の展望

Bird Research 19: A31-A50

佐藤 匠・前川侑子・芳賀智宏・牛込祐司・町村 尚・松井孝典

 鳥類は,環境状況を把握するための指標生物として優秀であるといわれている.そのため,効率的に鳥類を観察できる鳴き声による音声モニタリングが注目されており,特に欧米では,機械学習により鳴き声から鳥類の自動種判別をする研究が盛んである.しかし,日本に生息する鳥類を対象とした研究事例は少なく,その多くは単一種や限られた数種類のみの判別を試みており,判別可能な種数が少ない現状である.高精度に自動で判別できる種数を増やすことが,日本の鳥類モニタリングをより発展させると考えられる.そこで本研究では,日本国内で利用可能,かつ複数種を識別可能な種判別システムを構築することを目的とした.本研究では,66種の鳥類を対象とし,Transformerベースの音声分類モデルであるAudio Spectrogram Transformerにより判別システムを構築し,その精度はOverall Accuracyが0.801,Precisionが0.797,Recallが0.780,F1 scoreが0.782であった.また,未知のデータに対する検証も行った結果,Overall Accuracyが0.677,Precisionが0.679,Recallが0.635,F1 scoreが0.670であり,先行研究を上回る精度であった.ただし,一部の種については精度が低く,その原因としては,@学習用データの不足,A地域差や個体差,録音機材や録音形式の差が影響した可能性が考えられた.次に,今後このようなシステムを社会実装することを目指して,鳥類識別システムの改善に向けた課題を整理した.その結果,システムの構築については,市民科学データを活用することや,目的にあわせた技術を選択することが課題解決につながると考えられた.社会実装の段階では,音声収集〜音声データの前処理〜モデルの構築のワークフロー全体を通した結果により,種判別システムをもちいた調査と従来の調査を比較して,メリットとデメリットを理解した上で目的に合わせた調査設計をするとよいことがわかった.

キーワード:音声モニタリング,機械学習,自動種判別,社会実装,録音調査




沖縄島の亜熱帯照葉樹林におけるヤマガラの繁殖生態

Bird Research 19: A51-A61

関 伸一

 ヤマガラSittiparus varius は日本列島周辺地域とユーラシア大陸東部に広く生息する樹洞営巣性の種で,巣箱も利用する.これまで本州や伊豆諸島などでの繁殖生態は詳しく調べられているが,分布域南部の九州や琉球列島での報告は少ない.本研究では,沖縄島の亜熱帯照葉樹林で2019-2022年に延べ300個の巣箱においてヤマガラの繁殖生態を調査した.調査ではトレイルカメラを加工した簡易な記録装置(巣箱カメラ)を用いて野外調査の記録を補完した.最も早い初卵日は推定で2月18日,初卵日の最も集中する時期は3月上旬で,いずれも本州での記録にくらべて約1か月早かった.また,一腹卵数は平均3.7卵で,本州での平均にくらべて2卵以上少なく,ヤマガラでも初卵日や一腹卵数に緯度勾配があることを示唆する結果となった.産卵が確認された巣で雛が巣立った割合は35.1%と低く,繁殖失敗の主な要因は卵や雛の捕食だった.ヤマガラの産卵が確認された94巣のうち36巣には予め巣箱カメラが設置されていて,途中で故障した2台を除く34台で詳細な繁殖経過の記録が得られた.トレイルカメラを加工した安価な巣箱カメラは繁殖に関わる生活史形質の推定に有効な手法であることが示された.

キーワード:分布の南限,一腹卵数,巣箱,トレイルカメラ,インターバル撮影




秋田県能代市におけるコウライクイナの本州初記録

Bird Research 19: S1-S4

瀬川良晃

 2022年6月5日,秋田県能代市の海岸砂防林「風の松原」にてコウライクイナと思われる1個体を確認,撮影したのでここに報告する.当該個体の全長は同じ場所で水浴びしていたクロツグミよりもやや長く見えたが,胴周りは倍以上ある印象であった.青灰色の嘴,赤褐色の顔・喉・胸,暗緑褐色の頭頂・背中,下腹部から下尾筒にかけて白黒の縞模様,雨覆先端の白線,赤っぽい脚などコウライクイナの特徴を有しており,コウライクイナと判断した.日本における過去3例はいずれも島嶼での記録であり,本州での観察記録は今回が初めてと思われる.

キーワード:秋田県,風の松原,コウライクイナ




湿地性猛禽類チュウヒの古巣から採集された昆虫類

Bird Research 19: S5-S13

多田英行・越山洋三

 雛が巣立って78日以上が経過したチュウヒCircus spilonotusの古巣を,塩性湿地のヨシ原内から2022年10月に回収し,その中に棲む昆虫種を同定した.その結果,6目9科14種の昆虫が確認された.これらのうち比較的個体数が多かったのはオオクロカメムシScotinophara horvathi,モモブトトビイロサシガメOncocephalus femoratus,アミメアリPristomyrmex punctatus,ウメマツオオアリCamponotus vitiosusであった.モモブトトビイロサシガメとアミメアリは主に地表付近で確認される種であり,オオクロカメムシは地表付近で越冬する種であるにもかかわらず,古巣を回収した地点の環境は湿地であり,周囲45mに乾いた地面は存在しなかった.このような陸地に乏しい湿地環境の中で,チュウヒの古巣は「希少で狭小な地表」として昆虫類に利用されていると考えられた.

キーワード:共生,昆虫相,湿地




伊豆諸島八丈小島におけるカラスバトの営巣状況

Bird Research 19: S15-S22

安藤温子・市石 博

 カラスバトColumba janthinaの繁殖地である伊豆諸島八丈小島において,これまでに観察されたカラスバトの巣に関する情報を整理した.八丈小島では,カラスバトの巣は樹上と地上両方で確認され,営巣場所としてメダケPleioblastus simoniiや木の枝、蔓植物の上や,メダケ群落内の地面,岩の隙間などが利用されていた.3つの巣に自動撮影カメラを仕掛けてモニタリングを行ったところ,飼育下と同等の期間育雛が行われることが確認された.給餌のため親が巣に出入りする時間帯は,午前中と夕方にピークがあり,八丈島と八丈小島の間を多数のカラスバトが移動する時間と関連している可能性が示唆された.

キーワード:伊豆諸島,営巣,カラスバト,自動撮影カメラ




広島県におけるハヤブサの営巣数の変化と営巣環境

Bird Research 19: S23-S26

山田一太

 1988年から2023年まで広島県でハヤブサFalco peregrinus の生息調査を実施した.調査期間を前期(2007年まで)と後期(2008年以降)にわけて比較するとハヤブサの営巣数は,本土部では25か所から39か所へと増加しており,特に採石場での繁殖が8か所から23か所へと増加していた.近年人間の採石活動が活発化しており,それに伴うハヤブサの潜在的な営巣地の増加が採石場での営巣数の増加の原因と考えられた.営巣地の継続率は高かったが,人工物で営巣した場合には,継続率が低かった.営巣する場所の方角には明確な傾向は認められなかった.

キーワード:営巣環境,ハヤブサ,分布変化,巣の方角




春秋の渡り期におけるムナグロの水田から芝草地への夕刻の移動

Bird Research 19: S27-

渡辺朝一

 関東平野・荒川低地の一角に位置する大久保農耕地において,1987年の春秋の渡り期の夕刻におけるムナグロの水田から芝草地への移動を観察した.4〜5月の春期の農作業開始前および稲刈り後の9月から10月にかけの秋期稲刈り後は,ムナグロの夕刻における水田から芝草地への移動が認められた.4月中旬から5月の春の農作業開始後は,夕刻に水田から芝草地へ移動する個体もいた一方,芝草地へ移動せず水田にとどまる個体も多く認められた.2回の暗視スコープをもちいた芝草地における夜間観察では,ムナグロの採食行動が観察された.

キーワード:芝草地,水田,ムナグロ,夕刻の移動




サーマルイメージングカメラをもちいた固定式視線誘導柱の表面温度測定と
小鳥類の営巣調査の試み

Bird Research 19: T1-T10

三上かつら・森本元・上野裕介・三上修

 本研究では、道路脇に設置された固定式視線誘導柱の金属パイプに小鳥が営巣しているかどうかをサーマルイメージングカメラで検出することを試みた.赤外線カメラだけで鳥の巣の有無を検出することは困難であった.一方で,気温に応じた様々な営巣基質と5種の鳥の表面温度についての情報を得ることができた.

キーワード:サーマルイメージングカメラ,固定式視線誘導柱,営巣場所,スズメ,表面温度




全国鳥類越冬分布調査で収集された40kmメッシュの鳥類の分布データ

Bird Research 19: R1-R3

植田睦之・奴賀俊光・山ア優佑・葉山政治

 全国鳥類越冬分布調査は2016年1月から2022年2月までのあいだの越冬期の鳥類の分布を明らかにした調査である(植田ほか 2023).396人の調査参加者の協力の元,全国から105,660件のアンケート情報を収集し,788,148件のデータベース等からの情報とあわせて,標準地域メッシュ第2次地域区画(以下 2次メッシュ)16個を結合した約40km四方のメッシュ(以下 40kmメッシュとする)に集約し,分布図としてとりまとめた.この情報は,日本の鳥類の分布状況や変化の評価等さまざまな解析に有用な情報と考えられるため,ここに本調査で分布図作成に使用したデータを公開する.

キーワード:越冬分布,気候変動,分布図,メッシュ




日本の各種鳥類の越冬期の分布位置を示す指標値

Bird Research 19: R5-R8

植田睦之・奴賀俊光・山ア優佑

 鳥類への気候変動等の影響を明らかにするために,鳥類種の分布域の平均気温「種の気温指数」が計算され,鳥類の分布の気候変動に対する反応が評価されている.日本でも全国鳥類繁殖分布調査の結果をもとに,繁殖期の種の気温指数が示されている.気候変動の影響は越冬期により顕著に表れるので,越冬期の同様の値を示すことは重要である.2016年1月から2022年2月までのあいだの越冬期の鳥類の分布を明らかにした全国鳥類越冬分布調査のデータを使うことにより,越冬期の日本の鳥類の分布状況を示す指標値が得られると考えられる.ただし,この調査は40kmメッシュという大きなメッシュをつかって分布情報を収集しており,メッシュには低標高の場所から高標高の場所までを含み,気温差が大きいため,気温でそれを示すのは適切でない.日本列島は南西から北東方向に延びているため,緯度と経度を加算した値で,日本列島における分布位置を示すことができる.そこで,この値を集計することで日本の越冬期の各種鳥類の分布状況を示す値「日本産鳥類の越冬分布指標値」を計算した.この情報は鳥類への気候変動の影響を検討する上で有用な情報と考えられるので,ここに公開する.

キーワード:越冬分布,気候変動,種の気温指数,全国鳥類越冬分布調査