中部日本のスギ林に生育するキイチゴ属3種の量的に有効な種子散布者

Bird Research 18: A1-A19

西野貴晴・北村俊平

 バラ科キイチゴ属(Rubus)は先駆性の低木種であり,開放的な環境が形成されるといち早く侵入・繁茂し,さまざまな鳥類や哺乳類が果実を利用する典型的な周食型散布植物である.本研究では,自動撮影カメラを用いて,中部日本のスギ林に生育するキイチゴ属3種(クサイチゴRubus hirsutus,モミジイチゴR. palmatus,クマイチゴR. crataegifolius)の量的に有効な種子散布者を明らかにすることを目的とした.調査は石川県農林総合研究センター林業試験場内のスギ人工林において,間伐施業後に出現したキイチゴ属3種を対象として,2019年5月9日〜7月10日に行なった.自動撮影カメラLtl-Acorn6210MCをもちいて,熟した果実(クサイチゴ108個,モミジイチゴ489個,クマイチゴ168個)と落果(モミジイチゴ32個)の果実持ち去り動物を記録した.キイチゴ属3種ともに3週間で83%以上の果実が樹上から消失した.果実持ち去り数の割合が上位の動物は,クサイチゴでアナグマ(総持ち去り数の30.4%),ニホンザル(27.8%),ヒヨドリ(19.0%),モミジイチゴでヒヨドリ(59.7%)とニホンザル(37.4%),クマイチゴでヒヨドリ(78.2%)とニホンザル(20.4%)だった.ヒヨドリが散布したクマイチゴの種子の発芽率は3.2%(n=189)だった.果実持ち去り数が上位であったヒヨドリとニホンザル,さらにアナグマはキイチゴ属3種の量的に有効な種子散布者と考えられた.これらの3種の動物は,発芽能力のある種子を散布し,その散布範囲は動物種によって数十ヘクタールから数平方キロメートルの範囲内に散布する可能性があることから,質的にも有効な種子散布者である可能性が高いと考えられた.

キーワード:モミジイチゴ,クマイチゴ,クサイチゴ,ヒヨドリ,ニホンザル




ジョウビタキが営巣場所として換気扇フードを好む理由

Bird Research 18: A21-A29

山路公紀・石井華香

 ジョウビタキ Phoenicurus auroreus が日本で繁殖域を拡大している.ジョウビタキは元々樹洞営巣性であるにもかかわらず,開口部が巣箱や郵便受けよりも広い換気扇フードを営巣場所として多く選んでいた.その理由を知るために,利用された換気扇フードと利用されなかった換気扇フードの二群を,巣からの視界に注目して比較した.その結果,開口部の面積によらず,巣を視点とする垂直視野角または立体角が有意に小さい換気扇フードが利用されていた.また,換気扇フードには,巣からの視界が狭くなり,その視界に捕食者が入りにくい特性があった.これらから,捕食者から見つかりにくいことが換気扇フードが利用される理由と考えられた.立体角などをもちいて巣からの視界を調査することは,営巣場所の評価として有益である.

キーワード:可視領域,換気扇フード,視野角,ジョウビタキ,立体角




都市環境において2種のカラスが観察される高さの違い

Bird Research 18: A31-A37

仲村翔太・森 荘大郎・三上 修

 ハシボソガラスはハシブトガラスよりも低い空間を利用していることが既存研究で示されている.しかし,ハシボソガラスが,低い空間を選んで利用しているのか,それともハシボソガラスが生息している環境にある構造物 (建物や樹木)が低いから,結果的として低い空間を利用していることになっているかが,不明であった.そこで本研究では,北海道函館市内の都市環境において,2種が観察された高さと,周辺構造物の高さを比較した.その結果,周辺構造物の高さが同じであっても,ハシボソガラスはハシブトガラスよりも低い空間で観察された.また,ハシボソガラスは地面に降りることが多かったが,地面に降りていた場合を除いても,ハシブトガラスよりも低い空間を利用していた.

キーワード:種間干渉型競争,人工構造物,電柱




関東南部でカラーリングを装着したカワウの観察記録

Bird Research 18: A39-A50

福田道雄・加藤七枝

 関東南部の4か所のコロニーで,1998年から2018年までの間,6,807個体のカワウに個体識別用カラーリングを装着し,2019年6月までの22年間に,1,783個体の6,575件の観察記録が収集できた.カラーリング装着個体の放鳥数は開始時から次第に増加し,調査期間の中間時期を境にして,後半に減少した.一般の観察者から報告された記録数も放鳥数と似た変化を示したが,後半の記録数減少には放鳥数に対する記録個体数の割合の減少の影響も加わっていた.カラーリングが記録された場所は青森県から滋賀県にかけての本州太平洋岸側にあったが,多くは放鳥した東京都と千葉県,および神奈川県で,これらの地域が主要な移動範囲と推定できた.記録された個体数は年齢の進行とともに特徴的な変化で減少し,その変化はこの集団の齢構成を反映している可能性がある.最後に,今回のような観察者からの記録を長期間にわたって収集する調査では,記録報告数を維持するための対策が必要であったと考えられる.

キーワード:カワウ,カラ−リング,コロニーからの移動,関東南部




2種類の全国調査にもとづく繁殖期の森林性鳥類の分布と年平均気温

Bird Research 18: A51-A61

植田睦之・山浦悠一・大澤剛士・葉山政治

 全国的な鳥類調査「全国鳥類繁殖分布調査」および「モニタリングサイト1000」のデータを用い,繁殖期の森林性鳥類の生息分布の指標となる気温(気温指数)を明らかにした.両調査から計算された各種鳥類の気温指数はよく一致しており,信頼性の高い値が得られているものと考えられた.ただし全国鳥類繁殖分布調査の平均気温はやや低い値を示す傾向があった.これはモニタリングサイト1000の北海道の調査地数が少ないことが影響していると考えられ,全国鳥類繁殖分布調査による気温指数を使うのが適切と考えられた.今後,気候変動の影響をモニタリングするのに適した種として,暖かい地域に分布域が偏っている種ではヤマガラ,ヒヨドリ,メジロが,寒い地域に偏っている種ではメボソムシクイとウソなどがあげられた.

キーワード:気温指数,気候変動,モニタリングサイト1000,全国鳥類繁殖分布調査




森林性鳥類のさえずり時期に気温や降水量が与える影響

Bird Research 18: A63-A70

植田睦之・堀田昌伸

 気候変動の鳥への影響を明らかにするため,2009年より2021年まで森林性鳥類のさえずりが活発になる時期を4か所の森林で記録し,気温や降水量との関係を解析した.ヤブサメ,センダイムシクイ,コルリ,キビタキ,クロジについて解析すると,いずれの種もさえずりが活発になる時期に影響する要素として,5月の平均気温が含まれた.4月の平均気温が選択されたモデルも多かったが有意な影響を与えていたものはキビタキのみで,さえずりが活発になる直近の気温の影響が強い可能性が考えられた.ヤブサメについては,さえずりが活発になる時期にもっとも強く影響する要素として4月の降水量が関係していた.ヤブサメは地上近くの藪で活動し,積雪の影響が強いと考えられ,4月の降水量が雪解けに関係している可能性がある.積雪はそれ以外の鳥のさえずり時期にも関係する可能性があり,インターバルカメラなどによる積雪のモニタリングも重要と考えられる.

キーワード: ICレコーダ,気温,降水量,さえずり,モニタリングサイト1000




AI技術による鳥類の鳴き声モニタリング手法の検討〜サシバを事例として〜

Bird Research 18: A71-A86

前川侑子・田口華麗・牛込祐司・佐藤匠・小林啓悟・芳賀智宏・町村尚・東海明宏・松井孝典

 鳥類ではポイントカウントやラインセンサス等によりモニタリング調査が行なわれている.近年,費用対効果が高く,調査圧の少ない新しい調査として,録音データからAI技術により鳥類の鳴き声を自動で検出・識別する方法が試行されているが,その詳細な方法は定まっていない.そこで,本研究では,いくつかの異なる条件での鳥類の鳴き声の識別精度を比較することで,鳴き声の識別を行なう際の最適な条件を検討した.なお,条件としては,最適な音声の検出(長時間のデータから効率的な解析を行なうための前処理)方法・学習する音声の時間幅・学習の手法を検討した.対象種は,環境省レッドリストにおいて絶滅危惧U類 (VU) に指定されている猛禽類の1種であるサシバとし,解析には2地点で録音したサシバの鳴き声を含む音声をもちいた.その結果,音圧が1-3dB上昇した時点を検出し,2-3sの時間幅で切り出した音声をもちいて,畳み込みニューラルネットワークにより学習を行なうことで,高精度で鳴き声を検出できることがわかった.交差検証と汎化性能のF値は最高でそれぞれ0.89,0.71であった.

キーワード: 録音調査・自動識別・機械学習・畳み込みニューラルネットワーク・猛禽類調査




中部地方および近畿地方の太平洋岸地域におけるシマクイナの越冬状況

Bird Research 18: A87-

松宮裕秋・沼野正博

 シマクイナの生息分布は不明な点が多く,関東地方を除き詳細な越冬状況は分かっていない.そこで,本種の越冬期である2020年1月から2022年4月にかけて,本州中部地方および近畿地方の太平洋に面した地域(静岡県,愛知県,三重県,和歌山県)において,プレイバック法をもちいた生息確認調査を行なった.その結果,調査を実施した34か所のうち,12か所で生息を確認した.これらの地域では越冬期を通した生息が確認され,越冬地である可能性が高いと考えられた.確認環境の多くは耕作放棄地に成立した湿性草地であり,そのような環境が本種の重要な生息地として機能していることが示唆された.本種は生息の実態が把握されないまま生息地が消失している可能性が高く,さらなる生息状況の把握が望まれる.

キーワード: 越冬分布,耕作放棄地,シマクイナ,プレイバック調査




オオタカの繁殖状況と国内希少野生動植物種からの解除の影響

Bird Research 18: A99-

植田睦之・遠藤孝一・高橋 誠・内田 博・平井克亥・今森達也・天野弘朗

 オオタカの繁殖つがい数の動向を調べるために,全国に6か所のモニタリングサイトを設置して調査を行なった.また,オオタカの繁殖成績の変化を明らかにするためにウェブサイトをもちいて全国のオオタカ観察者から情報収集を行なった.繁殖つがい数については,2001年から2021年までの情報を解析すると,オオタカのつがい数には,有意な減少傾向が認められ,2.8%/年で減少していた.繁殖成績については,198地点から596件の情報が寄せられた.2016年から2021年の情報を解析すると,関東,中部においては,繁殖に失敗した巣の割合が多くなっており,6年間の調査期間のうち3年間以上情報のある全国の巣について解析しても,巣立ちヒナ数には有意な減少傾向が認められた.オオタカは2017年9月21日に国内希少野生動植物種から解除されたが,それによるつがい数の減少や繁殖成績の悪化は認められなかった.しかし,解除から影響がでるまでにはタイムラグがある可能性があること,またつがい数の減少や繁殖成績の低下が続いている可能性があるので,今後も長期にわたり,オオタカの個体数や繁殖成績についてモニタリングしていく必要がある.

キーワード: オオタカ,個体数減少,種の保存法,繁殖成績,モニタリング




   
   
ヒクイナの香川県及び徳島県における越冬状況

Bird Research 18: S1-S4

籠島恵介

 ヒクイナ Porzana fusca はその隠遁的生態により日本での越冬分布の情報が少ない.徳島県と香川県において2016年から2018年にかけてコールバック法をもちいた調査を行なった.徳島県の8か所で29個体,香川県の14か所で24個体,あわせて22か所で53個体のヒクイナを確認した.10月から1月にかけての調査期間に多数のヒクイナを確認できたことは,これらが一時的な通過ではないことを示唆している.

キーワード:ヒクイナ,コールバック,越冬分布,四国





山形県山形市蔵王温泉におけるジョウビタキの繁殖

Bird Research 18: S5-S8

深瀬徹・簗川堅治・高橋ゆう・吉村晶子

 山形県蔵王温泉で,2022年6月5日から7月2日にかけてジョウビタキの巣とそこから巣立った3羽のヒナを観察した.当地では2015年夏まで日本野鳥の会山形県支部の探鳥会が実施されていたが,繁殖期のジョウビタキの観察記録はなく,近年になってから,ジョウビタキが繁殖するようになったものと考えられた.

キーワード:ジョウビタキ,繁殖記録




道央圏における2020年秋期のタンチョウの生息状況

Bird Research 18: S9-

正富欣之・小山内恵子

 北海道の道央圏に生息するタンチョウの個体数を2020年秋期に調査した.調査には車両を利用し,指定日時に各調査員が担当地域を巡回する一斉調査として個体の発見に努めた.一斉調査日には成鳥6羽,幼鳥3羽の計9羽が確認された.また,後日に補完調査を行ない,成鳥4羽,幼鳥2羽については,別個体と判定された.これにより,成鳥10羽,幼鳥5羽の計15羽という結果を得た.この調査により,分布が拡大している道央圏における生息状況が明らかになった.この結果は,タンチョウの保全を考える上で重要な基礎情報であり,今後の調査の継続が望まれる.

キーワード:秋期,個体数調査,道央圏,タンチョウ,2020年