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バードリサーチ ニュース
2014年8月号 (Vol.11 No.8)
【 もくじ 】
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1.◆活動報告◆ 野鳥データベースをどう活用していくか
2.◆論文紹介◆ 長時間保定がアホウドリのヒナに及ぼす影響
3.◆生態図鑑◆ ハシブトウミガラス
4.◆お知らせ◆ モニタリングサイト1000交流会・研修会のご案内
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【 概 要 】
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1.◆活動報告◆ 野鳥データベースをどう活用していくか
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バードリサーチのWebサービスには「フィールドノート」という野鳥記録用のデー
タベースがあります.これまでに約1,000人の方に利用していただき,のべ9万地点,
86万件の情報が蓄積されています.
将来的には,このデータを解析して野鳥の分布を明らかにしたいと考えているので
すが,アメリカではすでにそれを実現しているデータベースがあります.コーネル大
学の鳥類学研究所Cornell Lab of Ornithologyが運営する“eBird”です.
○世界最大の野鳥記録データベース“eBird”
eBirdが圧倒的なのは,その利用者数です.2003年にスタートしたeBirdは,2013年
半ばまでに利用者15万人に達し,のべ140万地点の記録が集められています.
eBirdでは蓄積したデータの分析も精力的に行っています.eBirdのホームページで
は,ある種の鳥の出現確率を示した地図(Occurrence Map)を公開していて,刻々と
分布が変化していく様子をアニメーションで見ることができます.またこれまでに
eBirdのデータを用いた論文も発表されています.
○日本のデータベースと国際協同解析
世界中の人にとってeBirdが最適なデータベースかというと,そうともかぎりませ
ん.調査方法や利用できる種名リストが限定されるということが大きな理由です.例
えばバードリサーチのフィールドノートにあるような季節前線ウォッチで使う「初認」
や,環境省の鳥類繁殖分布調査で使っている繁殖ランクの入力項目はeBirdにはあり
ません.また国によって分類体系が異なるため,日本では日本の分類に準拠した種名
リストを利用できる必要があります.
一方,各国のデータベースの共通の記録項目を共有することで,渡り鳥の移動や個
体数を国際的に把握していくことが可能になります.コーネル大学では前述の
Occurrence Mapのような鳥類の分布の解析を国境を越えて大規模に実施することを計
画しており,バードリサーチでもこのプロジェクトへの協力についてコーネル大学と
協議を行っています.
【神山和夫】
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2.◆論文紹介◆ 発信器装着に伴う長時間保定が
アホウドリのヒナに及ぼす影響
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○捕獲・保定が野生動物に及ぼす影響
野生動物を捕まえたとき,その行為が対象個体にどのような影響を与えるのか,気
になったことはありませんか?外見的に問題なかったとか,放した時に元気だったと
いう理由で,「きっと大丈夫」と安易に結論を下していませんか?私は研究者として,
この影響のリスクを科学的に検証すべきだと考えました.
動物の調査研究において,捕獲および保定(動物が動かないように押さえておくこ
と)は欠かすことのできない基本的な作業です.しかしながらこの作業は,対象個体
の神経系,内分泌系,循環器系,代謝系などに対して軽視できない生理的負荷を与え,
高頻度・長時間に及ぶと致死的な影響を及ぼすことがあります.Capture Myopathy
(捕獲による不全麻痺)はその主な症例の一つで,対象個体の激しい抵抗(筋肉活動)
に伴う無酸素代謝が,血液の酸性化,筋肉の壊死,腎不全,免疫不全などを引き起こ
すことが知られています.ノガンでは20~30分の保定後,15%にこの症例が現れ,そ
の半数が2~11日後に死亡した報告があり,シチメンチョウ,カンムリヅルでも同様
の報告があります.
また,捕獲・保定は,対象個体のその後の行動を大きく変化させることも数多く報
告されています.しかしながら,このような行動の変化と生理的影響との関連性は,
まだほとんどわかっていません.
○アホウドリへの発信器装着の影響
バードリサーチニュースVol.11No.6「生態図鑑アホウドリ」でも紹介した,小笠原
諸島にアホウドリを再導入するプロジェクトでは,飼育ヒナの巣立ちがうまくいった
かどうかを評価するために,発信器を装着し,巣立ち後の移動軌跡,分布,生存率を
調査する必要がありました.しかし,毎日の給餌作業は1羽あたり1〜3分の保定で済
むのに対して,発信器装着はその10倍近くかかるため,ヒナへの影響が気になりまし
た.
先述したCapture Myopathyを引き起こす代謝過程では,筋肉細胞中にあるアスパラ
ギン酸トランスアミラーゼ(AST)とクレアチンキナーゼ(CK)という2つの酵素が血液中
に逸脱するため,これらの血中濃度が上昇することが知られています.このため,
ASTとCKの血中濃度は筋肉負荷に伴う生理状態の悪化を知る臨床的な指標となってい
ます.そこで,ASTとCKの血中濃度を用いて発信器装着に伴うヒナの筋肉負荷の影響
を定量的に評価し,さらにこれらの濃度と巣立ちの直前直後の行動との関係を明らか
にすることを目的として本研究を行いました.
発信器は巣立ち直前に飼育ヒナの約半数に装着し,血中濃度の測定は全ヒナを対象
に発信器装着日の約1ヶ月前と装着日翌日の2回行いました.また発信器装着日から巣
立ちまでの日数と,巣立ちから長距離を連続飛行できる移動速度(毎時20km以上)を得
るまでの日数を,それぞれ巣立ち直前,直後の行動の指標として用いました.
その結果,発信器の装着日前後の血中濃度変化は,装着ヒナの方が非装着ヒナより
もAST,CKともに増加しており,その差はオスよりもメスで顕著でした.また,ASTで
は装着に伴う保定時間が長引くほど血中濃度が上昇する傾向が見られました.
ヒナは発信器装着日の3〜18日後に全て無事に巣立ちましたが,装着日後のCKが高
かったヒナほど早く巣立つ傾向がありました.一方,装着ヒナのうち17羽は巣立ち後
6〜21日後に連続飛行が可能になりましたが,装着後にASTが著しく上昇したヒナほど
この状態に達するまで長くかかりました.
一般的に,筋肉は短時間の負荷でダメージを受けるのに対して,その回復には長期
間を要します.また,これを反映するように,捕獲・保定によるAST・CKの血中濃度
の上昇は約1時間後に始まり,数日後がピークとなることが知られています.そのた
め,当初の予測では,1)発信器装着後のヒナはAST・CKの血中濃度が大きく上昇し,
2)AST・CKの高いヒナほど巣立ちは遅れ,3)連続飛行が可能となる日も遅れるだ
ろうと考えていました.本研究の結果は1)と3)の予測と一致しましたが,2)は
支持されませんでした.捕獲・保定は巣立ちを促すストレスホルモンの分泌量を増や
すことが知られており,血中のCKが高いときはこのホルモンも高いという報告があり
ます.そのため,本研究では調べていませんが,CKの高かったヒナはこのストレスホ
ルモンも高かったために巣立ちが早まったのかもしれません.アホウドリのヒナはこ
の時期,体重を減らしながら翼を伸ばし,ボディバランスを整えてから巣立ちますが,
このホルモンが分泌されると,不十分な状態で巣立ってしまう可能性があります.
野生ヒナに比べても,発信器装着ヒナのAST,CKはともに増加していましたが,そ
の増加率はミズナギドリ類やシギ類が自然条件下で激しく運動した際の増加範囲内で
あることから,本研究の装着作業に伴う筋肉負荷は,致死的な影響を及ぼすほど深刻
なものではなかったと判断されます.対象個体の保定は,時間が長引くほどAST・CK
は上昇し,Capture Myopathyの発症率が高まることが報告されています.野生ヒナの
値(AST:100〜120) を許容範囲と考えると,作業時間を10分以内にとどめることがヒ
ナに発信器を装着する際の解決策の一つと言えるでしょう.
本研究の成果は,アホウドリの保護活動に尽力され,2年前に他界された獣医師,渡
辺ユキ氏の経験・配慮を受け継ぎ,まとめたものです.
【出口智広 公益財団法人山階鳥類研究所 保全研究室】
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3.◆生態図鑑◆ ハシブトウミガラス
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○英名:Thick-billed Murre(米),Brünnich's Guillemot(英)
学名:Uria Lomvia
○分類 チドリ目 ウミスズメ科
○羽色
雌雄同色.頭から背,尾,翼の上面は黒色で,次列風切羽の後縁に白色の線がある.
胸から腹,下尾筒にかけては白色.翼下面の雨覆にも白色の羽がある.嘴は黒色だが
上嘴の基部には白色の線がある.夏羽は顔の全体が黒色であるが,冬羽は喉までが白
色になる.
近縁種のウミガラスよりも一回り大きく,嘴,首が太い.またウミガラスは頭や背
部の色が褐色に見えることが多く,嘴の白線もないことから本種と見分けられる.
○分布と生息数
北半球の寒帯,亜寒帯域に広く分布している.ウミガラスよりも北寄りの分布域を
持っているとされ,大西洋・北極海では,北緯46度から北緯82度(カナダ,アイスラ
ンド,ノルウェーなど),太平洋では北緯50度から北緯72度(アラスカ,ロシアなど)
の範囲で繁殖し,越冬期にはより南の海域に移動する.日本に繁殖地はなく,主に越
冬期に北方海域から渡ってくる.北海道周辺では冬季によく見られる他,駿河湾や九
十九里浜でも記録がある.
大西洋に500万~750万つがい,太平洋に235万つがいが生息していると推定されて
いる.
○生息環境
大陸棚から大陸棚斜面にかけての海域をよく利用する.大陸棚のごく沿岸を利用す
ることが多いウミガラスと比較すると,より外洋よりに分布する傾向があるといわれ
ている.海に面した急な崖の狭い岩棚に営巣する.
○自分のためとヒナのための採餌戦略
セントジョージ島における研究では,ヒナのためには深く潜り大きな餌を捕るが,
自身のためには浅く潜り小さな餌を頻繁に捕獲することが分かっている .セントジ
ョージ島の周辺海域では,ヒナに給餌する大きめのスケトウダラやカジカ類,ギンポ
類,カレイ類などは海底付近に多く分布する一方,自身のために捕食する小さなスケ
トウダラやオキアミは表層に分布する.これは,ヒナへの給餌速度を最大化するため
に,大きな餌を高い採餌コストをかけても捕獲する一方,自身のためには採餌効率を
最大化するために浅い水深において高密度集団を形成する小さな餌を繰り返し利用し
ていることを示唆している.
【伊藤元裕 国立極地研究所】
◆その他掲載記事
・全長,ふ蹠長,露出嘴峰長,嘴高長,全頭長,翼長,体重
・鳴き声
・繁殖システム
・巣,卵
・抱卵・育雛期間,巣立ち率
・食性と採餌行動
・酸素節約のための生理的メカニズム
・世界的な個体数減少の歴史と現状
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4.◆お知らせ◆ モニタリングサイト1000
交流会・研修会を開催します
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○ガンカモ類調査 交流会
青森県弘前市でガンカモ類調査交流会を開催します.青森県を中継地として使うガ
ンカモの状況を話し合います.どなたでも参加できますので,ぜひお越し下さい.申
し込み方法は9月はじめにバードリサーチのホームページでお知らせします.
日時:2014年11月1日(土) 13:00-17:00
場所:青森県弘前市(弘前市総合学習センター)
※11月2日(日)にエクスカーションを予定しています.
○シギ・チドリ類調査 交流会
佐賀県鹿島市でシギ・チドリ類調査交流会を開催します.九州地域の干潟について
意見交換したり,講演を行ないます.どなたでも参加していただけます.交流会への
ご参加は申し込み不要(無料)ですが,懇親会へのご参加は事前申し込み(会費制)
をお願いします.詳細は下記のホームページをご覧ください.
日時:2014年10月18日(土)13:00-17:00
場所:佐賀県鹿島市民会館 第4会議室
※10月19日(日)にエクスカーション(有明海沿岸)を予定しています.
詳細はこちら
http://www.bird-research.jp/1_event/shigichi2014_10.html
○陸生鳥類調査 研修・交流会
モニタリングサイト1000陸生鳥類調査は今年で10年目を迎えます.毎年,日本野鳥
の会と共同で,結果の報告,調査方法の共有,参加者の交流のための研修・交流会を
実施しています.今年も4か所で実施することになりました.これまでモニタリング
サイト1000にかかわっていなかった方でも参加できますので,ご興味のある方は,下
記サイトよりお申し込みください.
福島県:2014年10月4日(土)~5日(日)
福島県青少年会館 & 福島市小鳥の森
北海道:2014年10月下旬予定
酪農学園大学 & 野幌森林公園
愛知県:2014年11月1日(土)~2日(日)
名古屋工業大学&名古屋市平和公園
東京都:2014年12月13日(土)~14日(日)
日本野鳥の会事務所 & 国立科学博物館附属自然教育園
※会場の都合で定員があります.定員を超えた場合は参加できないことがあります.
参加申し込み先は,下記URLでまもなく公開されます.
http://bit.ly/1vOUBdT
【神山和夫・守屋年史・植田睦之】
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バードリサーチニュース Vol.11 No.8 2014年8月28日発行
発行元: 特定非営利活動法人 バードリサーチ
〒183-0034 東京都府中市住吉町1-29-9
TEL & FAX 042-401-8661
発行者: 植田睦之 編集者: 青山夕貴子・高木憲太郎
E-mail: URL: http://www.bird-research.jp/
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