記録された鳥
今繁殖期は,家の周りの調査に25名,家での調査に24名の方に参加いただきました。その結果,2008年夏は,家の周りの調査で合計87種,家での調査で合計45種,両調査で合計88種が記録されました。家の周りの調査が家での調査より記録種数が多いのは例年通りで,これは家の周りの調査では調査期間が
4月から 8月までと家での調査に比べて長いためです。また,家の周りの調査は,家での調査より,観察範囲が広いこともその理由の一つと考えられます。
家の周りの調査と家での調査で,それぞれ記録された種の調査 1回あたりの記録率上位種を,図 1にそれぞれまとめました。記録率上位10種の顔ぶれは,順位こそ多少違うものの両調査でほとんど同じでした。すなわち,スズメ,キジバト,ツバメ,ヒヨドリ,ムクドリ,ハシブトガラス,ハシボソガラス,カワラヒワ,シジュウカラ,メジロ,ドバトです。ただし,記録率は,家の周りの調査の方が家での調査より,全体的に高い傾向がありました。家の周りの調査では,上位10位までの種の記録率はすべて0.6以上であったのに対し,家での調査は上位5種だけが0.6以上でした。しかも,家での調査では,記録率0.8以上の種はスズメだけでした。こうした,両調査による記録率の違いは,やはり両調査による調査範囲の広さの違いによるものと思われます。調査範囲の狭い家での調査では,その一帯に生息している種であっても調査範囲で記録される機会が少ない一方,家の周りの調査では広く歩き回って観察するため,記録される機会が増えるためです。一方,種の順位をみると,ハシボソガラスやキジバトの順位が両調査で多少異なっていることが分かります。おそらく,この違いも両調査による調査範囲の違いから来るものと思われます。家の周りの調査では,住宅地ばかりでなく,公園や畑,河川なども調査地に含まれます。そのため,これらの種のように開けた環境に生息する種が頻繁に記録されたのだと考えられます。
経年的な変化
ベランダバードウォッチのように,毎年同じ場所で同じ時期に調査を実施する調査の楽しみの一つは,記録率や個体数の経年的な変化です。そこで,過去
3年間の結果を基に,家の周りの調査と家での調査のそれぞれの年による違いを比較してみました。
1)家の周りの調査から
家の周りの調査は,記録された個体数を 6つのランクにわけて10日ごと報告します。図 2は,2006年から2008年の主な 8種の個体数ランクの季節的な変動を示しています。この図から,それぞれの種の季節変動の大まかなパターンは,種によって違いがあるものの,3シーズンとも似ていることがわかります。たとえば,ツバメは,4月上旬から日本への渡来とともに増加し,5月上旬にはその増加がとまるようです。そしてその後巣立ちビナも加わってさらに多くなります。7月下旬ごろからは住宅地を離れ,郊外で採食することが多くなるため住宅地では減少するものと思われます。8月下旬には渡りの準備のために,ほとんどの個体が水田地帯などで採食するために記録されなくなるのでしょう。また,シジュウカラは
4月上旬にやや個体数ランクが高く,その後やや減少し,5月上旬から下旬にやや増加し,その後一旦減少するものの,6月中旬ごろから増加し,8月に再び減少しました。さらに,ハシブトガラスは,5月上旬ごろ減少し,その後次第に増加し,7月上旬に一旦少し減少するものの,その後
8月下旬にかけて増加しました。こうした個体数の季節的な変動は,それぞれの種の繁殖時期などと関係していることが推測されます。
図2.「家の周りの調査」によるおもな種の3年間の記録率の季節変化
個体数ランク 1:時々いる,2:1〜2羽,3:3〜5羽,4:6〜20羽,5:21〜99羽,6:100羽以上
一方,ハシボソガラスとハシブトガラスでは,同じカラスにも関わらず,その季節変動のパターンが異なっていることがわかります。ハシボソガラスは,ハシブトガラスに比べるとどの年も個体数の変動があまり大きくありません。これは,両種の生活スタイルの違いによるのかもしれません。ハシボソガラスがなわばりへの執着が強いのに対し,ハシブトガラスは群れで行動することが多く,行動圏も広いのではないでしょうか。夏期にはその年生まれた若鳥が群れで行動して公園や住宅地のゴミ箱で採食しているのがよく観察されます。
ところで,図 2から,個体数ランクの季節変動が年によって著しく異なっているのがわかります。特に,2006年はすべての種で2007年や2008年より少ない傾向にありました。特に,4月下旬から 6月は顕著に違っていました。ベランダバードウォッチの調査地は,年によって多少異なっています。さらに,5月や 7月など途中から観察を開始された方のデータも一緒に解析しています。そのため,この違いは,調査地の違いによって生じた可能性があります。そこで,2006年と2007年で共通した調査地のみで,著しく違いの大きかったヒヨドリやハシブトガラスを解析し直してみました。すると,それでも2006年の 5月から 6月は2007年の同じ時期に比べて低い傾向がありました。つまり本当に年変動があるようなのです。同様のことは,2008年のハシブトガラスやムクドリにも言えました。ムクドリは,2006年,2007年とも,7月上旬にピークになりその後次第に減少します。ところが,2008年では 6月上旬にピークに達すると,その後急激に減少したのです。同様に,ハシブトガラスも 7月中旬から増加傾向になるのに対し,2008年では減少しました。そこで,2007年と2008年の共通する調査地だけで解析し直してましたが,やはり両種とも同じ傾向が認められました。ムクドリやハシブトガラスが 7月から 8月にかけて増加する理由の一つは,その年生まれた若鳥が記録されるためです。気象庁の発表する過去の気象情報をみると,冒頭で紹介したように,関東地方では2008年の 5〜6月と 8月の降水量は2007年に比べて多く,日照時間も少ないことが分かりました。調査地の多くは関東地方に位置していますので,ともすると,一部の調査地ではムクドリやハシブトガラスの繁殖成績が悪く若鳥の数が少なかったり,あるいは住宅地周辺の食物事情が悪いために郊外へいち早く移動してしまった可能性があります。しかし,調査地数が少ないためはっきりしたことは分かりません。
2)家での調査から
図 3は,家での調査で記録された主要な10種の調査 1回あたりの記録率の 3年間の比較です。記録率は,家の周りの調査と同様に家での調査でも全体的に2006年で低い傾向がありました。各種の記録率の経年的な変化は,スズメやヒヨドリ,キジバト,ハシボソガラスのように,2006年よりは高いものの,2007年と2008年では,ほとんど違いがないか,2007年に高いものの2008年に低くなるなど漸次的な変化が認められない種がいました。一方,ツバメ,ムクドリ,ハシブトガラス,メジロ,カワラヒワは,記録率が2006年以降徐々に上昇傾向がありました。逆に,シジュウカラでは次第に記録率が低くなっていました。ただし,今回の解析に用いたデータは,前述のように調査年によって多少調査地が異なっています。そこで,3年間共通する調査地で得られたデータに基づいて同様に記録率を計算しました。その結果,記録率は,多少異なるものの多くの種で全データに基づく計算結果と同様の傾向が得られました。しかし,いくつかの種では,調査地の違いによって多少影響されていることがわかりました。漸次的に記録率が上昇した種のうち,ツバメやカワラヒワではその傾向がわずかになり,シジュウカラでは2008年の方が2007年よりわずかに低下しました。一方,ハシボソガラスは,同じ調査地で比較すると
3年間で次第に記録率が低下していました。さらに,メジロの記録率は,年ごとに増加していることは同じでしたが,2008年の記録率の上昇がさらに顕著でした。記録率が変化することは,おそらく調査地における個体数の変化を反映しているものと考えられます。
図3.家での調査における主な種の調査1回あたりの記録率の3年間の比較
そこで,3年間共通する10か所の調査地の 5月から 8月上旬のデータを基に,主要な種の各調査地における平均個体数を比較しました(図 4)。各調査地の平均個体数は,どの種も年によって変動することが見てとれます。身近な鳥のスズメでさえ,調査地によっては著しく変動しました。そして,多くの場合,それらの間には規則性はあまり見当たりません。ただし,いくつかの種では,調査地のうち一部の調査地で漸次的に減少したり,逆に増加していることがわかりました。たとえば,スズメでは,10か所のうち4か所で漸次減少し,1か所で漸次増加していました。また,ハシブトガラスでは,4か所で漸次増加し,2か所で減少していました。一方,2008年のムクドリの個体数は,2007年に比較すると,著しく減少した調査地が
5か所ありました。さらに,2008年に記録率が著しく高くなったメジロは,10調査地のうち 4調査地で平均個体数が著しく増加していました。
試しに,統計的に有意な変化が生じているのかどうかメジロとムクドリで解析を行ないました。まず,2006年と2008年の各調査地のメジロの平均個体数をWilcoxonの符号付順位検定をもちいて解析したところ,両年の間に有意な違いは得られませんでした(P=0.352)。また,同様に2007年と2008年のムクドリの平均個体数を比較しても,両年の間には有意な違いはありませんでした(P=0.066)。
以上のように記録率の変化と個体数は必ずしも一致しませんでした。メジロなど個体数が少なく,記録される調査地が少ない種では,記録率でその変化を顕著に示すことができる一方,スズメのようにすべての調査地に生息し,個体数も多い種では,個体数が減少しても,記録率には反映されにくいのだと思われます。生息状況の変化を察知するには,記録率,個体数両方を調べる必要があるのではないかと思われます。
図4.家での調査における主な種の調査地ごとの記録率の3年間の比較